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昨年12月、大分市在住の美術家・諏訪眞理子さんによるパフォーマンス「ツリーリングス・ドローイング」に、「音」で参加した。このテキストは、そのパフォーマンス当日の話ではなく、その前段階としての準備や僕の思考の彷徨いに焦点を当てたものである。

 

諏訪さんの「ツリーリングス・ドローイング」は支持体に、文字通り「年輪」状の線を、その面積の許す限り引き続け、さらにドローイングの擦過音(連続した微細な振動と言い換えても良い)を拾い上げ、PA装置により適度に増幅、音響としての強度を高めて鑑賞者へ届けるというパフォーマンスだ。いわゆる「ライブペインティング」に近いように思えるが、本質的にはまったく異なる性質を持っている。

 

僕は当初、この共演を「デュオによる即興演奏」と捉えていた。しかし、初回のミーティングおよびリハーサルを経た結果、その認識を大幅に修正する必要が生じた。

 

リハーサルでは、まず諏訪さんのドローイングそのものを体感することが重要であると考え、PA装置の準備後、自身の音は出さずに諏訪さんのドローイングと音に集中した。青いチョークが黒板化された板の上をゆっくりと引かれる様子と、わずかに遅延して聞こえる擦過音が相互に作用し室内の気配が徐々に緊張感のあるもに変わっていくのを感じた。

 

この過程で、黒板の上に次々と形成される青い不定形な同心円は、視覚的な「年輪」として構築されていく。

その数が増えて行くにつれて円周に比例した擦過音が長く持続する。 

この音響と視覚的構造を観察する中で、僕は支持体である黒板の上に、半透明な樹木の幹が立ち上っていくイメージを抱いた。この感覚は静謐かつ神秘的で、瞑想や祈り、ある種の祭祀行為に通じる印象を与えられた。

次の瞬間、このパフォーマンスを単なる「デュオによる即興演奏」として成立させることは適切でないと悟ったのである。

 

自分の音を出すのをしばらく躊躇していたが、これはリハーサルであり、互いの音の感触を掴む時間であるので、僕はiPhoneにストックしていた現実音の断片をストレッチ加工したドローン音を薄く流し、この日のミーティングと短いリハーサルを終えた。

 

その後、僕はこのパフォーマンスにおいて自身が果たすべき役割を再考した。

諏訪さん単独でも十分に成立する表現において、僕が加わることで何を生み出せるのかをアーティストとして明確にする必要があったからだ。また、実際のパフォーマンス≒演奏における具体的な方法論も新たに検討する必要があった。

 

そこで、いつもの方法ではあるのだが、僕なりの「ツリーリングス・ドローイング」に対する思考の断片を、ワードスパイラル的に言語化する作業を進めた。「繋がった始点と終点」「宇宙の記憶」「微細な変化」「循環する生命」「飽和寸前の湿度」「世界内存在」「時間の可視化」「波紋」「重力場」「中心から外側」「有限かつ無限」「動的エネルギー」「呼吸とスシュムナー」・・・・。これらはまるで画像生成AIとの対話に使用するプロンプトのようではあるが、この作業を繰り返すうちに、ある視覚的なイメージが浮かび、パフォーマンスへの関わり方が見えてきた。

 

それはリハーサル時に見えた(と感じた)、年輪が増える毎に段々と成長して行く半透明の木幹。加えて幹に沿って螺旋状に上昇していく気体のようなエネルギー。やがて上昇エネルギーは枝のように広がり空間を満たして行く。

 

 この視覚イメージを音響で表現する為に、「リミックスの方法論」を採用することにした。これは諏訪さんの音を主体に、僕の音をリアルタイムで重ね、変調することで再構築し、視覚と聴覚が交錯する新たな音像を創出する試みである。そしてパフォーマンス全体に統一感と新たな解釈をもたらすことが、僕の役割であると認識できたのである。

 

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さて、この試みが実際に成功したかどうかは、当日ご来場いただいた皆さんの判断にお任せしたいと思います。

僕自身、この「ツリーリングス・ドローイング」に参加させていただいたことで、様々な気づきがあり、貴重な時間となりました。機会を与えてくださった諏訪眞理子さんには、心から感謝しています。ありがとうございました。  江上靖

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